火災保険と地震保険のスゝメ

火災保険、地震保険の事などを一級建築士が生活とまつわる情報として分かりやすく紐解くブログ!

2012年03月14日(水)

過去からの手紙

平安時代初期の弘仁9(818)年、記録に残る関東最古の大地震が起きました。

マグニチュード(M)は推定で7.5以上。

学問の神様、菅原道真が残した歴史書「類聚国史」に、すさまじい被害の

様子が記されているそうです。

 〈山が崩れ数里の谷が埋まり、数え切れないほどの人々が圧死した。

  上野国(こうずけのくに)などの境では地震で潦(にわたずみ)ができた〉

「潦」は水たまりのこと。上野国は内陸の群馬県なので津波ではありません。

激しい揺れで地盤が液状化し、地下の水と砂が地表に噴き出す「噴砂」が起きたようです。

被害は武蔵(東京都・埼玉県ほか)、相模(神奈川県)など関東諸国に及んだようですが、

震源地は分かっていません。

 この謎の“首都直下地震”を裏付ける痕跡が2年前、初めて発見されました。

群馬県境に近い埼玉県深谷市の皿沼西遺跡。

住居の床などが噴砂で切り裂かれ、いたるところで壊れているのが見つかりました。

 倒壊した倉庫跡では、柱を立てた穴の中から土器が見つかり、

その様式から9世紀第1四半期の集落と判明。

発掘した県埋蔵文化財調査事業団は、類聚国史との対比から

818年の地震被害と結論付けました。

 地震の翌月、嵯峨天皇は被災地に使者を派遣し、身分を問わず免税や

家屋修復などの救済を行うよう命じました。震災復興の先駆けです。

遺跡には建物や用水路を再建した跡もあります。

 しかし、復興への道のりは険しかったようです。被災地は16年が過ぎても

「荒廃田」が広がっていたと、伝えています。

住居数が回復する本格復興には30年以上かかったようです。

 9世紀の関東では元慶2(878)年にもM7級の大地震が起きました。

「日本三代実録」によると相模、武蔵の被害が甚大で、建物はすべて壊れ、

多くの人々が圧死してしまいました。相模国分寺では仏像が破損し、

同国分尼寺は崩壊したといいます。この地震もメカニズムなどの実態は不明。

東京周辺の地下には低頻度で動く活断層が結構あります。

これらの活動は海溝型巨大地震にコントロールされている可能性があり、

過去の癖を見破れば予測の精度向上に希望が持てる可能性があるとの事です。

「貞観の再来」とも呼ばれる東日本大震災に続き、首都直下への懸念が強まっている

今日の日本ですが、過去の教訓から得られるものも多くあるのではないでしょうか。

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2012年03月13日(火)

中部初の広域地震訓練

東海、東南海、南海の3領域が連動する巨大地震を想定した地震・津波防災訓練

「防災-TEC」が今日、愛知、岐阜、三重、静岡県の8カ所を連携して行われます。

県境をまたいだ一体的な訓練は、中部地方では初めてだそうです。

広い地域で被害が出た東日本大震災を受け、各地で同時に発生する災害に備える訓練が

必要だとして企画されたようです。長野県も加えた5県が昨年10月に

「中部圏戦略会議」を設け、防災の連携を進めてきました。

当日は名古屋市港区の名古屋港ガーデンふ頭で、ヘリや船を使って漂流者の捜索、

救助を訓練。岐阜県各務原市の河川環境楽園から名古屋港に、ヘリで救援物資を搬送します。

三重県の国道23号中勢バイパスでは、道路のり面に付近住民が避難。

静岡県では開通間近の新東名高速道路(第二東名)の浜松サービスエリアなど

3カ所を使って、ヘリの発着や医療チーム搬送の訓練をするそうです。

4県でヘリ15機、車両150台、1000人が参加予定で、過

去にない大規模な訓練になるといいます。

小学生の頃、防災の日に必ず訓練を行っていました。

その頃は、何の意味があるのだろうと遊び半分な気持ちもあった事を思い出しました。

でも、ある時、大きな地震があった時に、クラスのみんなが訓練通り

机の下に一斉に潜ったのを見て先生が大喜びしていた事も思い出しました。

訓練(想定)する事の大切さは、変わり無いものだと思います。

皆さまも、訓練とまではいかなくても、想定だけはしてみて下さい。

p07

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2012年03月12日(月)

あれから1年・・・

東日本大震災から早一年。

感慨深い一日を過ごしておりました。

特番を見ていて、ありきたりですが命の尊さや自然の恐ろしさを

感じる事が出来たと共に、実際に現地に行った時の事を思い出しました。

また、被災地に住んでいる知り合いも未だ辛い思いをしながら

生活を送っているとの事です。

地震時の映像を幾度となく見ていましたが、本当にこんなに揺れるのだろうかと

思われる位、未だ信じられませんでした。

震災当時、東京の事務所で地震に見舞われましたが、その時でも

恐ろしい程の揺れだった事を覚えています。

しかし、被災地の方の映像はそれをはるかに超す揺れの強さ

と言う事が映像からでもはっきり分かる程でした。

東京にも大きな地震が来るだろうと言われている今、

あの悲劇的な大震災から1年が経った今、

もう一度、震災に対してきちんと考えるべき時なのでは

ないでしょうか。

避難場所の確認や、緊急時の連絡先、非常用袋の中身の確認。

やれる事はたくさんあると思います。

まず大切なのは、人命に尽きます。

大切な命を守る為に、今何が出来るかを周りの皆さんと是非

話し合って頂きたいと思います。

自分自身も保険という特殊な商品を扱う立場の一人として

今何が出来るのか、何をしていくべきかを考えております。

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2012年03月09日(金)

太陽フレアで通信障害に警戒

総務省傘下の独立行政法人、情報通信研究機構は8日、太陽表面の活動が非常に活発化し、

1~3日ほど磁気嵐が続く可能性があるとして「臨時情報」を発表しました。

 発表によると、最大規模の爆発(フレア)が7日に発生し、短波を使う通信や放送に

一時的に支障が出たようです。

今後、さらに大きなフレアが発生して人工衛星や通信などに障害が出る恐れもあるため、

注意を呼びかけています。

約1億5000万km先にある太陽からの磁気嵐が地球に影響を及ぼすと考えると

なんだか神秘的な感じもしますし、怖い感じもします。

こればかりは注意をしたくても出来ないものなので仕方ありません。。。

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2012年03月08日(木)

マグニチュード7、いつ起きても・・・

 首都直下地震が想定されている南関東の地震活動が東日本大震災後に活発化し、

地震の発生頻度は現在も大震災前の約3倍と高い状態となっていることが7日、

文部科学省の特別プロジェクト研究で分かりました。

研究チームはマグニチュード(M)7程度の首都直下地震について

「いつ発生しても不思議ではない」としている。

 南関東で起きたM3以上の地震の数を大震災の前後半年間で比較したところ、

大震災後は約7倍に増加。徐々に減少しているが、現在も約3倍で

「地震災害発生リスクは現在も高い」との見解を示しました。

 国はM7程度の首都直下地震の発生確率を30年以内に70%としています。

研究チームは確率がどの程度上昇したかは示していません。

 また、首都直下地震のひとつである東京湾北部地震の揺れは、

従来想定の震度6強を上回る震度7との推定を正式に公表。

沈み込むフィリピン海プレートと陸のプレートとの境界が従来想定より

約10キロ浅いことが分かったためで、震度7は東京23区の湾岸部や多摩川河口付近と予想。

 国が首都直下地震の発生確率の計算で評価対象としている過去の5つの地震について、

震源域の調査結果も公表。明治27年の明治東京地震はフィリピン海プレート内部

または太平洋プレート上面▽明治28年の茨城県南部地震は太平洋プレート内部

▽大正10年の茨城県南部地震、翌年の浦賀水道付近の地震はフィリピン海プレート内部と分かった。

研究プロジェクトには東大地震研究所、京都大防災研究所、

防災科学技術研究所(茨城県つくば市)が参加しました。

国も本格的に動き始めたようですが、いつきてもおかしくないと言われても、

あまり実感も無い感じがするという意見がほとんどです。

ただ、事前に準備出来る人かそうでない人かで、実際に起きた時のダメージが

変わったりするのは事実です。

あの東日本大震災から早一年が経とうとしている今だからこそ、

もう一度考えてみてはいかがでしょうか。

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